フィルム、ヴィデオ、デジタル
連載―15(最終回) 「セスナ」についてー平沢篤頼への手紙
本文ー2,028w
以下の長文は翻訳者故・平岡篤頼氏に出した手紙です。あまりにも長文になってしまったために、いつか載せようと思っていたので、この連載に掲載します。なお文中のノーベル賞作家クロード・シモンも高齢で「路面電車」は遺作となっていまいました。平岡氏の訳は彼の他にアラン・ロブグリエの著作などフランスのロマン派を手掛ける高名な翻訳者で、早稲田大学の教授でした。
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「平岡篤頼文庫 御中
映像作家の中島崇と申します。初めてお便り致します。
最近故クロード・シモン著「路面電車」(白水社刊)を読み大変感動しました。読み進んでいくうちに「あれ、この感覚自分もやったような……」と思うようになります。記憶の底にある瞬間の光景が位相をズラしながら度々現れるというような感覚です。シモンは難解な作家で有名だけれど、使用している言葉は難しいわけではない。ただこの位相をズラすことで物語が度々寸断されることに馴染めないから難解と解釈されがちなのでしょう。確かに何度か読み返すけれども、私にとってはけっこう流れに乗せられます。
また特に、解説としては異例の長さの文末に掲載された訳者の平岡篤頼氏の文章から、その一節を引用します。
「言うなればそれは、映画フィルムのコマ取りのように、あるいは静止画像の高速映写のように、原因としてではなくて結果として生まれる運動、不連続の積み重ねから否応なしに虚像として立ち上がる連続の相貌を帯びてくる。」(p. 159)
とあります。これには驚きました。文学と映画を結びつける糸をこの翻訳者はみつけたのだと直感します。モノを書くの仕事は随時次の展開(発想)を考えながら進めていく作業で一貫し、それが一時ストップしたら気晴らしにモノを食べるとか、散歩に出るという一時の行為を選択します。拙作全編コマ取りの「セスナ」撮影時も、1974年の8月まるまる1ヶ月そうして過ごしたことを蘇らせてくれます。
是非ともこの私の映像作品「セスナ」(20分)を貴文庫に寄贈させていただけたらと考えております。
勝手ながら来月6月23日(木)以降に軽井沢の平岡篤頼文庫に行きたいと思っています。 平岡先生のご遺族または担当者にお目にかかりたいと存じます。できればご都合の良い日をおっしゃってください。
訪問の目的は次の通りです。
1. 映像作品のデータの寄贈:フィルムからデータ化したUSBスティックをお渡しします。貴施設内での上映は基本的に著作権料はもちろん無料ですが、他の施設への壌渡など様々なことを記した覚書にサインをしていただきます。
2. 建築家内藤廣氏の設計による建物見学:私は建築については素人ですが、家族が高知に住んでいることもあって、いつも駅建築の素晴らしさに感嘆しています。
なお拙作「セスナ」に関して映像視聴のリンク先と映画・映像批評家松本俊夫氏の文章を、以下に掲載します。
「セスナ」中島崇作品 オリジナルフォーマット:8ミリ 上映スピード:18コマ/秒 サウンド:なし 制作年:1974年 分数:20分 所蔵:福岡市図書館、国立映画アーカイブ(東京)
「セスナ」リンクアド(限定公開)https://youtu.be/9fZ3O3omFe4
『セスナ』はシネマークではじめて発表されたものだが、正直なところ私はひどく衝撃を受け、めったに味わえないレベルで興奮した。それは7コマを一単位とする三種類の異なる画面が、ちょうどつづれ織りのように交互により合わされ、しかも各画面は少しずつ位相をずらしながら、徐々に同一運動のリピートと、けいれん的なスリップ効果をともないつつ次の画面に転じてゆくという構造をもっており、かつ、その被写体がたえず写真の複写からその写真の外の実写にまではみだしてゆくとか、各単位としての7コマ*にすべてアンダーからオーバーへの露出変化が加えられ、その結果映写の流れに規則的なフリッカー効果が生じるなど、きわめて複雑で緻密な作られかたをした作品なのだ。そう言っても言葉ではわかりにくいと思うが、この中島の『セスナ』は、コンセプトの卓抜さと独創性、その魅惑的なイメージ、20分にわたるムラのない密度の高さにおいて、私はなにも昨年度のシネマテークにかぎらず、これまで日本でつくられたあらゆる個人映画のなかでも、最も高いレベルに達した作品の一つとなっていることを疑うことができない。(松本俊夫・『幻視の美学』<フィルムアート社刊>より)
*18コマ毎秒で撮影したので、7コマは0.38秒の長さ––作者注
2022.5.9中島 崇」
「中島 崇様
過日は丁重なメールを頂きありがとうございました。
まずは、返信が大変遅れましたことをお詫び申し上げます。
私は平岡夫人と親しくさせていただいている那須由莉と申します。夫人の代理として、返信させて頂きますのでご了承くださいませ。
実は平岡篤頼文庫は、2019年に催した講演会を最後に、2020年よりコロナ禍のため、休眠状態にあります。昨年、文庫を運営なさっていた平岡夫人が重いご病気になられ、今は介護付きの老人ホームで過ごされておられますが、車椅子での外出もままならないご容態です。
追分の書庫は内藤先生の設計なさった建物の中で最小のものとして、夫人も大切に、そして誇りにも思ってらっしゃいますが、主のない小さな書庫は締め切った状態で、残念ながらご案内はできません。(外観だけでしたら、外からご覧いただけるかと存じますが)
『セスナ』の映像も拝見させていただきました。
よいお仕事を残されておられ、平岡篤頼先生がご存命でらしたら興味を示されたことと思います。生憎、書庫には映像をご紹介できる設備も、またその機会もありません。「ご厚意のみ受け取らせて頂きます。」と夫人からの伝言です。
ご期待に添えないメールで心苦しいのですが、どうぞ、どうぞ、お許しくださいませ。今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。
那須 由莉」
「那須 由莉 様
早速のご返事ありがとうございました。残念ですが、承知いたしました。
私も70歳と高齢者の仲間入りをし、フィルムとビデオの時代を経由してデジタル時代の3世代をを跨いできました。幸いにも15歳は若く見えると人から言われ、また先の私の手紙にも書いたように高名な文学者の解説にも触れ勇気をいただいてテリトリーを拡大し、今はジャンルを超えた現代文化に関する活動を行なっています。今後とも、その過程で案内などを送信するかも知れませんが、どうかご容赦ください。
平岡ご夫人がいつまでも健在であることを願っています。
いつの日か、平岡文庫の再回を祈ります。
中島 崇」
(中島 崇ー2025.6)
